キャリアブレイク研究所・北野貴大さんと考える「キャリアブレイク×ゲストハウスの親和性ってすごいかも?」
キャリアブレイクとは、離職・休職・休学などで一時的に普段の所属から離れる期間のこと。次のステップに進むためのエネルギーや感性を充電する有意義な期間として、欧州では広くポジティブに捉えられています。だけど日本では、無職やブランク(空白)とった言葉でどこかネガティブに扱われがち。
そこで、日本のキャリアブレイクをもっと豊かに顕在化・価値化・社会化しようと取り組んでいるのが、一般社団法人キャリアブレイク研究所です。
当事者・経験者のエピソードを収集した『月刊無職』の発行、オンラインコミュニティ「むしょく大学」の運営、交流イベント「無職酒場」の開催などを行い、会員登録数はなんと1000人超!
そんなキャリアブレイク研究所の代表理事・北野 貴大さんと「キャリアブレイクとゲストハウスの親和性ってすごいかも?」という会話で盛り上がったことをきっかけに、オンラインのトークイベントを先日開催。そのトークをもとに執筆した記事をここで紹介させていただきます。
当日参加できなかった方だけでなく、当日参加された方も改めて楽しめる記事にできたらいいなと思い、FootPrintsを運営する私・前田(だり)発信の情報に関しては、かなり加筆して編集しています。
Profile
北野 貴大(きたの・たかひろ)
1989年生まれ。2014年、JR西日本グループに入社し、JR大阪駅ビルの商業施設の企画マーケティングに従事。2022年、一般社団法人キャリアブレイク研究所を設立して代表理事に就任。2024年、書籍『仕事のモヤモヤに効くキャリアブレイクという選択肢』(KADOKAWA)『キャリアブレイク』(千倉書房)を出版。
年間約147万人。実は多い日本のキャリアブレイク
キャリアブレイク研究所とFootPrintsの接点は、北野さんからの1通のメールがはじまりでした。北野さんが活動を進めるなかで、ゲストハウスとの相性の良さを感じる場面が増え、改めて国内のゲストハウスのことを調べていたときに偶然FootPrintsのサイトを見つけてくださったそうです。
北野さん
ひとりのユーザーとしてもゲストハウスに関心や憧れがあります。だけど、宿でどう過ごしたらいいかがまだうまくつかめなくて。今日は、ゲストハウスに関心があるキャリアブレイク中の方から、キャリアブレイクに関心があるゲストハウス運営者の方まで参加してくださっているので、親和性の話からゲストハウスを楽しむコツまで、皆さんと一緒に話せたらいいなと思っています。
参加者には、福島県で「暮らしの体験宿ひととき」を営む佐々木 祐子さんや、長野県で「1166バックパッカーズ」を営む飯室 織絵さん、さらには、全国展開する日本随一のゲストハウスグループ「カオサン」を経営してきた株式会社万両の元代表・小澤 弘視さんなどの姿があり、ユーザーだけでなくオーナーのキャリアブレイク文化への関心の高さも伝わってきました。
では、キャリアブレイクとは、からお聞きしてもいいですか?
北野さん
キャリアブレイクは一時的な離職・休職をよい転機にする欧州発祥の文化で、世界では第3の選択肢とも呼ばれています。仕事を続けるという選択、転職するという選択、そして、一時的に離れるという選択です。
これまで「世界では一般的。日本では珍しい」と言われていたんですけど、研究を進めていくと日本でキャリアブレイクしている人が結構多いことがわかってきました。国内の転職者の約半数が、1ヶ月以上のキャリアブレイク経験者。推定で年間約147万人がいる計算になります。
キャリアブレイクに至った入口は、出産や育児・働きづらさ・違和感・新しい挑戦など、人によってさまざまですが、その出口で「いい転機になった」と話す人たちがたくさんいるんですよ。
キャリアブレイクとゲストハウスの相性の良さ
北野さん
キャリアブレイク期間中、皆さん実にいろんな過ごし方をされていますが、前田さんの視点から見て、キャリアブレイク中にゲストハウスに宿泊するのってどうですか?
とてもいい選択肢なんじゃないかと思っています。北野さんの著書を読むなかで「キャリアブレイクとゲストハウスって想像以上に近い関係にあるんだな。キャリアブレイク中にゲストハウスに滞在すると良さそう」と感じるポイントが結構あったので、ぜひ紹介させてください。
まず1つ目は、ユーザーの年齢層が同じであること。
「むしょく大学」の登録者、つまり研究所と接点のあるキャリアブレイク当事者・検討者は、20代半ば〜30代が最も多い。私が知る限り、ゲストハウスユーザーの年齢分布もこれとほぼ同じです。
2つ目は、自分を変えるために「環境を変える」という選択肢は有効であること。
著書には、離職して環境を変えたことで「自分にとって大切なもの」に気づき、納得のいく転職・復職・起業に至った人たちの事例がたくさん載っています。
同様に、私も一人暮らしの家と会社との往復生活のなかで行き詰まっていた社会人2年目のとき、友人のすすめから休日にゲストハウスをめぐるようになり、旅先で出会う多彩な人たちのおかげで価値観が広がって、日常が好転した経験があります。
だけど、現状に違和感を覚えて「変えたい」と願うほど、「環境」ではなく「自分」に意識が向きがち。そして、同じ環境のまま「自分」を変えようとがんばっても、なんだか堂々めぐりになりがちです。
ロールプレイングゲームに例えるなら、うまくクリアできないステージに何度も同じ方法で挑んでいる状態。そういうときこそ、草原や山脈を歩いて経験値を積み、これまでになかった思考回路で新たなアプローチを見出した段階で挑み直せばいい。はたまた、別のストーリーに展開してもいいと思います。
3つ目は、絶対的存在ではなく、いかに本人が能動的に動くか次第であることです。
北野さん
2つ目と3つ目の項目は、確かにセットで重要ですよね。「キャリアブレイクを取ったから」「ゲストハウスに泊まったから」といって自動的に何かが起こるわけじゃない。言い換えれば、自分の選択にオーナーシップを持つことが前提として大切。このポイントにもすごく共感します。
あとは、ゲストハウスでさまざまな生き方や働き方を知ることで適職探しがしやすくなるだろうなとか、離職前でも休日を使った1泊2日などで一時的に普段の環境を離れることだってできるかもとか。相性の良さを感じる点ばかりですね。
キャリアブレイク期間中の方へ、おすすめしたい宿
北野さん
前田さんセレクトの「キャリアブレイク中におすすめのゲストハウス」が知りたいですね。どういう観点で具体的にどの宿をセレクトするかなど、教えてもらってもいいですか?
実は今回のトークに向けて、FootPrintsのサイト内におすすめをまとめたページをつくりました。FootPrintsにはトップページのサイドバーに「Tags / おすすめタグ」という項目があるのですが、そこに「キャリアブレイク」を増やしたんですよ。
セレクトのポイントは、小さな宿かつ移動時間のかかる立地。ゲストハウスと一口で言っても、100名以上が宿泊できる大規模なものから10人前後の小規模なもの、便利な中心市街地にあるものから離島や陸の孤島にあるものまであります。
旅先でさまざまな生き方や働き方に触れたいなら、家族の居間のような共用リビングがあって自然と会話が生まれやすい小さな宿がおすすめかな、せっかく自由に使える時間がたくさんあるのだから都心から遠い宿がいいかな、といった観点で選びました。
…と、いいながら「数席しかないBarカウンターで店主のリッキーさんにぽつりぽつりと身の上話をして、うんうんと聞いてもらえるのもいいよなぁ」と直感的に思い浮かんだ、JR小田原駅から徒歩15分の「Good Trip Hostel & Bar」さんもこっそり入っています(笑)
平日に訪れるほど、海外のバックパッカーや会社経営者、フリーランス、キャリアブレイク中など、「土日祝が休みの企業に勤める人」以外に遭遇する確率が上がり、宿泊者数が落ち着く傾向にあります。
なので、いろんな生き方・働き方の人に会えたらいいな、できればオーナーさんとも話せたら嬉しい、自分の時間もゆっくり大切にしたい、と考える人は平日の宿泊がおすすめです。
十人十色の面白さ。一人一人に関心を持つこと
ここまではユーザー視点の話でしたが、ありがたいことに著名なゲストハウスのオーナーさんたちもご出席くださっているので、キャリアブレイクとゲストハウスの親和性について、ぜひ運営側の視点でご意見を伺えればと思います。
「暮らしの体験宿ひととき」のオーナー佐々木さんはいかがですか?
佐々木さん
うちの宿にもキャリアブレイク期間に滞在されるゲストさんが結構多くいらっしゃるんですよ。そのコミュニケーションのときに、どう接するのが一番いいかなと迷う瞬間があります。
せっかくうちの宿にわざわざ来てくれたのだから、一人一人のゲストさんに関心を持って接したいと普段から思っていて。なので、キャリアブレイク中の方には、ご本人が必要とする範囲で、今後の選択肢が広がる情報をお伝えしようと心がけているんです。だけど、それぞれの事情もあるでしょうし「お節介だったかな…」と、自分たちの関わり度合いに悩むことがあります。
多くのキャリアブレイク当事者と関わってきた北野さんのご経験から、迎える側のおすすめのスタンスなどあれば、教えていただけたら嬉しいです。
北野さん
キャリアブレイク研究所は、僕を含めて3人のメンバーで運営しているんですけど、「まっくす」の愛称で親しまれる理事の東 信史さんは、普段から1000人くらいのキャリアブレイク当事者に囲まれて過ごしているんですよ。その接し方がすごく心地よくて。これまでの経歴や年齢の枠を取っ払って、みんなで童心に帰ってフラットに遊び合っている感じ。
一人一人の生き方に対して「面白い」という純粋な関心を持って接しているんですよ。これって、佐々木さんがすでにされていることにつながる話なので、今のままでとても素敵だと思います。
ゲストハウスは、年齢・職業・国籍、さまざまなバックグラウンドの人たちが「おやすみ」と「おはよう」でつながる旅の宿。誰もが平等で対等な心地よい空間です。それは、運営側のこういったスタンスが根底にあるからなのかも、と改めて感じさせられる会話でした。
宿とゲストの間に立つ、ヘルパーという働き方
続いて、「1166バックパッカーズ」のオーナー飯室さんからは、こんな興味深い意見をいただきました。
飯室さん
キャリアブレイクとゲストハウスの関係性を図で表すなら、二つの円がほぼ重なり合った状態だなと思いながら、ここまでの皆さんの会話をお聞きしていました。
うちの宿もキャリアブレイク中のゲストさんが多いのですが、大きく分けて3つのタイプがいると感じています。まず、複数の宿に数日間の短期滞在をして、全国各地のゲストハウスをホッピングするタイプ。そして、1〜2週間などの長期滞在をして、特定のゲストハウスで暮らすように過ごすタイプ。最後は、数ヶ月間住み込みで働く「ヘルパー」を希望するタイプです。
ゲストハウスには昔から「ヘルパー」や「フリーアコモデーション(通称フリアコ)」と呼ばれる働き方の文化があります。宿のお手伝いをする労働対価=お給料の代わりに宿泊料を無料にする働き方です。
飯室さん
ヘルパーという働き方は労働力の搾取になる気がして、うちではヘルパーは採らないと決めた時期もありました。だけどコロナ禍以降、学生さんを中心に「自分のエネルギーを発揮する場所がないので、無賃の住み込みで構わないので関わらせてほしい」といった連絡がすごく多くなって。最近またヘルパーを受け入れるようになったんです。
ヘルパーをされる方々は宿側とゲスト側の中間の視点を持っているので、必須の労働力ではないですが、彼らがいてくれることで宿の雰囲気がより良くなると感じていますね。
北野さん
へえ、ヘルパーですか。知らなかったです。面白い文化ですね!
ゲストハウスのヘビーユーザーや運営側にとって、ヘルパーは馴染みの文化。ですが、公式サイトやSNSでヘルパーを募集する宿もあれば、個別の問い合わせに応じて条件が合えばヘルパーを受け入れる宿もあるため、その選択肢を知らない人は多いのかもしれません。
ヘルパーとして宿側とゲスト側の間に立って世界各地の旅人を迎え入れることで、価値観がぐっと広がりそう。キャリアブレイク期間と相性が良さそうなので、今後もっと知られるといいですね。
ゲストハウスは、予定不調和と余白の世界
日本一規模の大きなゲストハウスグループを10年以上運営した経験を持つ小澤さんにも、キャリアブレイクとゲストハウスの関係をどう捉えているのかを伺いました。小澤さんは現在、合同会社 宿場プラスが運営する事業「SHUKUBA TRAVEL」でトラベルプロデューサーとして活躍されています。
小澤さん
僕が知る限り、ゲストハウス業界はキャリアブレイクの経験者と当事者で成り立っている世界です。キャリアブレイク組がいなかったら、今のゲストハウスのカルチャーは存在していなかっただろうなとすごく思います。
ゲストハウスには訪日外国人の宿泊者が多い傾向にあります。そのため、これまで日本の若者は、海外に出かける前後のキャリアブレイク期間を使って、国内のゲストハウスにゲストやヘルパーとして滞在することがかなり多かったといいます。いわば国内留学、「お試し海外」のような目的ですね。
小澤さん
最近では、その「海外」が「地方」にどんどん入れ替わりつつあるんですよ。地方移住を考える人たちが余白期間に一時的に身を置きながら、その土地の暮らしに触れて自分のキャリアを考える「お試し移住」の場所として、日本各地のゲストハウスが受け皿の役割を果たしています。
ゲストハウスの醍醐味は、予定不調和であること。なので、希望通りの出会いが必ず毎回あるとは限らないし、予想外の出来事こそが面白みでもある。出会いといっても誰かとつながることが絶対じゃなくて、つながってもいいし、つながらなくてもいい。
そういう余白がある空間がゲストハウスだから、今後さまざまな切り口でキャリアブレイクと掛け合わさることで、もっといろいろ出来ることがありそうだなと感じているところです。
ゲストハウスは、予定不調和と余白の世界。小澤さんのその言葉が心に響きました。
日常を手放すことで見えてくるもの
「キャリアブレイクとゲストハウスの親和性ってすごいかも」な今回のトークはいかがでしたか? ご参加くださった方々のおかげで、ユーザーとオーナー、両方の視点からトークを展開することができました。皆さま、本当にありがとうございました。
今回のトークを受けて、キャリアブレイク×ゲストハウスの可能性の大きさはもちろんのこと、離職や休職といった事実的な一時離脱だけでなく、心理的な一時離脱を前向きに捉えることも大切かもしれない、と考えはじめています。
数日間でもいいから「これまでの日常」をちょっと手放してみる。そこから見えること・感じられることがきっとあるかもしれません。
ちなみに、キャリアブレイク研究所の北野さんは、ご夫婦で「OKAYU HOTEL」という宿を奈良県で運営しています。旅の途中や離職中、休職中、何かから離れてみたいときに、あたたかいおかゆと共に出迎えてくれる宿です。
まだ訪れたことがないのですが、調べれば調べるほど「私の感覚でいうと、ここはゲストハウスです!」と言い切りたくなる素敵な匂いがぷんぷん漂ってきます。現在イベントを中心としたオープンですが、「これまでの日常」をちょっと手放したくなったら、ぜひそちらも訪れてみてくださいね。